札幌地方裁判所小樽支部 昭和44年(わ)42号 判決 1970年2月23日
主文
1、被告人を無期懲役に処する。
2、未決勾留日数中二五〇日を右の刑に算入する。
3、訴訟費用は被告入の負担とする。
理由
(事実)
第一、被告人の経歴及び本件犯行に至る経緯
被告人は本籍地で洋服仕立業を営む父加賀谷由吉、母ふぢえの長男として出生し、昭和三八年三月中学校卒業後、小樽や札幌の洋服店で仕立職見習として住込んだり、実家へ戻つて家業の手伝をしたりしていたが、父由吉は元来親子の情に薄く家庭において殆んど親子の気持の交流がなかつたうえに被告人としては由吉が自分を疎んじて弟の章を偏愛するように思い一緒に暮すのが嫌になり、昭和四一年中頃家をとび出して札幌で豆腐店、洋服店員、土工夫等をして実家と音信ないままに過し、昭和四三年暮久し振りに帰省してみると母親は既に同年一二月一一日交通事故で亡くなつており家には父親が独りで暮していた。
被告人は、爾来父の懇望もあつて父の洋服仕立業を手伝つて父と二人で暮していたが、右母親の死に続いて昭和四四年一月二〇日建具職人をしていた弟の章が住込先で服毒自殺を遂げたことが一層二人の気持を暗くし、父由吉は殆んど仕事をしないで以前から好きだつた酒を朝から飲むことが多くなり酔つては被告人に対し、執拗に「お前みたいな奴はいない方がいい。何処へでも出ていけ」等と暴言をはいてからむうえに、同年二月中頃母親の交通事故死の補償金三〇〇萬円を受け取つた後は、被告人にこれを横取りされるのではないかと常に猜疑の念を抱き、被告人が夜遅くまで仕事をしていると、「お前が寝ないうちは、お前に金を盗まれるのではないかと安心して眠れない」等といやみを言つたり、預金通帳のしまい場所を失念した際も被告人が取つたのではないかと疑つたりする有様で、被告人はこのような父を持て余していたところ、同年三月一七日頃からは連日酔つた父と口論が続き出ていけよがしの暴言をあびせられてひどく立腹したが、同月二〇日は母の百日忌と弟の命日に当るので寺の住職を招き自宅で法事を行い、午後四時頃から住職、父と共に三人で酒盛りをはじめ午後六時半頃住職が帰つた後も父と二人して酒を飲み続けたところ、午後八時半頃父は酔つて茶の間の床の上で眠り込んでしまつた。被告人はその傍らで独り酒を飲み続けたが酔い痴れた父の寝姿をみながら幼少の頃から父に疎んぜられて来たこと、前年末帰省後父を助けて家業に精出しているにもかかわらず、父は仕事を殆んどせず酔つては被告人に悪口雑言をあびせかけて被告人の気持を理解しないこと等前叙のような父のこれまでの仕打ちを思い浮かべるうちに父に対する憎しみが一時に募りこれを抑え難くなり、この際ひと思いに父を殺害しようと決意するに至つた。
第二、罪となる事実
被告人は昭和四四年三月二〇日午後九時三〇分頃、虻田郡倶知安町北三条西三丁目の自宅茶の間において、前記のように泥酔して寝ている実父加賀谷由吉(当五一才)の寝姿を見ているうち同人を殺害しようと決意するや、奥の間にあつた長さ約三・二メートル、太さ約五ミリメートルのビニール製紐一本(昭和四四年押第一四号の一)を持ち出し、これを二つに折り熟睡している右由吉の頸部に巻きつけ、二本になつている一方の端に直径約二〇センチメートルの輪を作つてこれに左足を入れて踏んばり、他の一端を右腕第二関節に通して引つ張りもつて同人の頸部を強く絞め付け、よつて間もなく同所で同人をして右絞頸により窒息死するに至らしめ、直系尊属である父由吉殺害の目的を遂げた。
(証拠の標目)(省略)
(弁護人の主張に対する判断)
一、憲法違反の主張について
弁護人は刑法第二〇〇条の尊属殺人罪の規定は憲法第一四条に違反し無効であるから、本件について右尊属殺人罪の規定を適用すべきでなく単に刑法第一九九条の普通殺人罪の規定を適用するに止めるべきであると主張するが、尊属殺人罪の規定は合理的根拠を有し憲法第一四条に違反するものではなく、これは既に最高裁判所大法廷の判例とするところであつて弁護人の右主張は理由がなく採用できない。
二、心神耗弱の主張について
弁護人は、被告人の人格構造は未分化、未熟、不安定であつて、このため被告人は情動緊張状態にあれば短絡反応を示し易い性格、行動傾向を持つており、本件犯行当時感情の高揚により情動緊張状態にあり自己の行動を統御することができず本件犯行に及んだものであつて、被告人は本件犯行当時心神耗弱の状態にあつたものである旨主張する。
なるほど、鑑定人石橋幹雄の当公判廷における証言および同人作成の鑑定書によると、被告人が弁護人主張のごとき人格構造、行動傾向を有すること、そして本件犯行当時被告人が情動緊張状態にあつたことを認めることができ、このため当時被告人が自己の行動を理性的に統御する能力が低下していたことを推察することができるけれども、本件各証拠により認定した叙上の如き本件犯行に至る客観的経緯、犯行の態様並びに前掲一二の2の証拠により認められる被告人の本件犯行後の行動等に徴すると、本件犯行当時被告人の事理弁識の能力ないしその弁識したところに従つて行動する能力が著しく減退していたものとは認め難く弁護人の右主張は採用できない。
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法第二〇〇条に該当するがその情状について考えるに、本件犯行は判示のように父由吉が親子の情愛に薄く被告人との間に気持の交流がなかつたことにその遠因があり、近くは母や弟の度重なる死に気持の荒んだ由吉の被告人に対する仕打ちに原因があるものと認められ、被告人が由吉に対し憎しみの念を抱くに至つた事情については同情すべき点もあるが、飲酒のうえ熟睡し全く無抵抗である由吉を紐を用いて絞殺したことはまことに残酷というほかないのみならず、本件犯行が亡母の百日忌・亡弟の命日の法要の後に法要の行われた場所で犯されたうえ、被告人が犯行直後由吉の胴巻を探つて七萬円余りの現金をとり当夜数時間にわたり友人を誘つて酒を飲み歩いたことは被告人の心情の冷酷さを物語つて余りあるものというべく、被告人は本件犯行につき強い非難に値するものといわなければならない。しかし被告人は現在本件について深く悔悟している点も窺われ、また未だ若年であつて前科もなく、重大な犯罪を犯したとはいえ長期の矯正教育による改善の可能性を有していることは未だ充分に認められること等の事情を考慮し、所定刑中無期懲役刑を選択し被告人を無期懲役に処し、同法二一条により未決勾留日数(鑑定留置日数を含む)中二五〇日を右の刑に算入し、訴訟費用の負担については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。